左手だけ痛ネイル

不安定なカナちゃんの日常

希死念慮集団、死ね死ね団

どんなに一生懸命話しても、うつろな目で舐めるようにしか夫に話を聞いてもらえない。自分の中に希死念慮集団がいて、いつ実行に移せるかどうかの機会を今か今かと待っているんだ。単純なやきもちのようなちんけな感情論で、夫は希死念慮集団へ餌を与えてくる。間接的にだが結果的に自己肯定感をガジガジ削られる、死ねと言われているみたいだ。みんな、普通に生きすぎててずるい。なぜわたしはこんなにも綱渡りしなければならないのか。わたしは大丈夫に見えるのか。わたしはどれだけまともに見えるんだ、こんなにまともな考えを持ってないのに。だから生きてる価値がない。生きてるだけでえらいって慰めてくるやつは元々信頼していない。生きる理由よりも生きてる価値のなさの方が私の場合は多いのだ。騒ぎを起こしたくなる。みんな私が本当に死なないと思ってるのがむかつく。一度死んでみたくなる。でもまだ今じゃない。来年の夏くらい。仕事で迷惑をかけるのが嫌だから、代わりがいくらでもいるような仕事ができるようになったらもう一度切ってみようと思う。その時までに大事な友達とは会う。夏にはあまり約束事はいらない。死ぬ計画を立てたら安心してきた。私の辛さなんて誰も理解してくれない。私が一番辛い時に病院に行けるわけでもないし、泣いているのに夫は隣ですやすや寝てる。

何もなくても涙が出る

びっくりするくらい調子が悪くて、やっぱり冬のせいなのだろうか。なにをするのにもやる気が出なくて、こわくて、誕生日にもらったLINEとかも返すの怖くなったりしてしまう。すべてが悪循環。山本文緒さんはうつ病がちゃんと治るのに11年かかったと本に書いてあった。よくなったり悪くなったりを繰り返して、でも通院は続けて、ときには入院をして、薬のちからをかりて眠って。そういうもんなんだと思う。

本当に調子が悪くなったのはわたしが25歳頃、そこからもう5年経ったが、いつが治りの境目だったのかずっと謎だった。薬を飲み続けてもいないし、カウンセリングはたまに通うくらいだったけどそれでも自分が正常なのか異常なのかがよくわからなかった。でも今日1年ぶりに「病院に行かないとまずいな」と本能的に思って、主治医に会って薬を処方されたことを考えるとまだまだちゃんと調子悪いんだなと思った。しんどい。一生この憂鬱が続くのだろうという悲観的観測しかできない。理由がなくても涙が出たり、やろうと思った仕事やメール、友達へのLINEの返事も、ちゃんとできるのに半日を要する。今は薬があることだけが救いである。

 

 

 

 

冬がいつもしんどいくなるの、ここ数年ずっとなんだし、そんなにおどろくことでもビビることでもないのはわかっているもののやっぱり12ヶ月のうち9ヶ月も前のことはもう忘れちゃうし、うつ症状は毎度毎度新鮮な感覚である。

寒いというだけで調子が下がるのだから、きっと北欧の国に住んでいたら一年も経たずに自殺してるだろうな。北欧は幸福度が高い。でもそれはきっと気温が低くて雪まみれで日照時間も短い生活の中で見つけた唯一誇れるポイントなのかもしれないな。最近ふたりパパという北欧のゲイカップルのYouTube見るのが好きで何でも北欧北欧と考える。

それでもヘッドホンつけたらいきなりビートルズsiriが流してくれたりするもんだからまああとちょっとがんばってみるかという気持ちになる。最近インタビューしたモデルさんの文字起こしをやっていたのだけどあまりにもいいことを言っていて泣けてきてこの2週間先に起こるだろうめんどくさくてつらいクソすぎる日々もこのひとのインタビューを思い出せばがんばれるかもしれないというくらい。モデルさんだからもちろんファッションやメイクやへあの話になるのだけど、それはもう世の中のどんなことにでも置き換えられるようなことで。ちゃんと原稿書こう。

こういう素晴らしい出会いがあるからやっていてよかったなと思う反面、素晴らしい出会いは数えるほどしかなくあとはただ消化と忍耐、諦めと創造をくり返す。でもそれはお金をもらうためなのだろう。あたしが死にたいって喚くと、「どんな形でもいいから生きて」と励ましてきた人たちは、その言葉をかけることであたしが励まされるわ〜とでも思うと思ったんだろう。どんな形でも生きた場合でも、生きているだけでお金が発生する。災いに巻き込まれる。ストレス耐性が高いか低いかは別として、その災いに巻き込まれてもう無理だってなったらマタ死にたいって喚くんだ。だから別に変わらない。

この仕事しかできない。でもこの仕事がしんどい。堪え時なのかもしれない。ここでやめたら今までやってきたキャリアの積み上げが止まってしまう。キャリアがすべてじゃない職業でやっていける自信も自分を保てる自尊心も残ってない。適応能力もチャレンジ精神もいつ失ったかわからない。この仕事しかできない。無責任に生きろと言われることがどれだけしんどいか考えている。

同調圧力

明らかにその人がミスってるのに「でもカメラマンにもプライドがあるから」とか言ってそのカメラマンのミスが浮き彫りにならないように気遣う奴がいてふうんとおもった。まあその人が年上?だから?言わないの?年上=プライドがあるってことかい?プライドは歳を食わなきゃ現れないのかいそうかいそうかい じゃあまたあたしはキチガイだねまだ30にもなってないのにプライドの塊であるコンクリートみたいに硬い。

 

間違っていることを、正せばその作品が数倍良くなることを、勇気を持って言える人はどれだけいるのかな。同調圧力の世界で指摘するのは勇気がいるよねでも椎名林檎なら言うよな、と思ってじぶんのこと奮い立たせてみる。わたしの心の中の椎名林檎ならきっと最後まで手を抜かない

 

あんたのその文章で依頼しちゃあきっと相手にキレられるよ。失礼よ受けてもらえないよ。あんたそのやり方でやってっからデザイナーに舐められるのよあんた時にはデザイナーを変える勇気が必要よ何度も言うけどあたしはただのライターだからねデザイナーじゃないからね

 

撮影現場で緊張感なくお菓子を食べ続ける人がいたんだけどすごい好きだった そのメンタルほしいあたしも食べたい

寝ながら泣くと目も鼻も詰まるのでこのまま窒息死もありえるなと思いました。また一人にされているということは、こいつ死ぬわけがないと思われてるのだと思う。舐められたものだ。これだから人の気持ちをわかろうと打力しない奴は困るよね。でも心配しないでね、あたしは大丈夫だから。

具体的な男

本当に死のうと思った。岡村さんにうざいと言われたのでわたしは生きてる価値がないと思う。死にたい大事にされないなら誰かと一緒にいる意味がない人を信頼しすぎるとほんとに終わるということをわかってない。別に死にたいんだと話しても、じゃあ寝なよとか小手先のことしか解決しようとしない。欲しいことは何?みたいな目先のことしか言わない話さない考えてくれない。30歳を節目と考えるのか、もう終わらせてもいいのではないか。それとも向き合ってくれる具体性を もし死ぬんだったら俺と離婚してからにしようもし死ぬんだったら俺のいない人生を生きてからにしなよとかそういう話しかしない。そういう話ではない。5年いてもこんなかんじならあと10年いたらまだましになるのかな 一度の爆発でこの1週間の楽しかったことがすべて台無しになるような気分なのに、健常者には一生わからないだろう いや、わかられてたまるかという気持ちもある。岡村さん、自分のことが大好きすぎるのかいつも話すと主語が俺になる、じゃあ俺は?俺だったら〜する俺だって〜俺は〜とか。いつも思う、この人は自分に置き換えて話はできるけど相手の立場になって考えることができない人なんだなと。辛さを話しても、泣いても、訴えても、わたしの夫はわたしの悩みを会社のタスクみたいに捌いてくる。じゃあこうすれば?とかじゃあこうしてみよっか?とか具体的な解決策を提示するその様はまるで仕事。ただ話を聞いて欲しいとか寄り添って欲しいとかわたしの立場になって一緒に悲しんで欲しいとか、そういうどうしようもない感情の話なのに岡村さんにはそれができない。だからきつい。自分のライフポイントがたしかに減り続けるのを感じる。幸せな人生を生きてきたやつとは価値観が合わない。でも不幸な人生を生きてきたやつとも一緒にいられない。自分に価値が見出せない。楽しいことが昨日まで続いていてもそれがすべて台無しになるほどの自分のどうしようもなさ。生きてるだけでえらいとコウペンちゃんは言うよねありがと。だけど結局誰の力も借りずに生きていこうとするのってめちゃくちゃ難しくてつらくてしんどい。別に心を開くつもりもない。だから死ぬという選択肢が手元にあることがいつも手元にあることが心が安心する。30歳、よく生きた。頑張った。あたしがあたしを守りぬく。もしやるなら仕事を全部片付けた後で。あたしが死ぬことで迷惑かけたいやつらには迷惑がかかるように。ことの重大さを思い知らせることができるように。それがボーダーの症状だってわかっていても別にいいだってボーダーだもん。あたしはボーダーになんてなりたくなかった。あたしをボーダーに仕上げた奴らとあたしがボーダーでいることを助長し大事にしなかったやつらが泣けばいいし泣かなくたって別にいい死人に口なしでもいい誰にもわかってもらえないなら永遠にわかられないところに自分を持っていく選択肢もある悲しめばいい もっとつらいことしてきたないてきた でも私がないても、いつのまにか誰も慰めなくなった。あたしが泣くのが普通になった 麻痺された。また泣いてるまた騒いでるまた狂ってるって思って一人ぼっちにした 疲れた死にたい