左手だけ痛ネイル

不安定なカナちゃんの日常

寝ながら泣くと目も鼻も詰まるのでこのまま窒息死もありえるなと思いました。また一人にされているということは、こいつ死ぬわけがないと思われてるのだと思う。舐められたものだ。これだから人の気持ちをわかろうと打力しない奴は困るよね。でも心配しないでね、あたしは大丈夫だから。

具体的な男

本当に死のうと思った。岡村さんにうざいと言われたのでわたしは生きてる価値がないと思う。死にたい大事にされないなら誰かと一緒にいる意味がない人を信頼しすぎるとほんとに終わるということをわかってない。別に死にたいんだと話しても、じゃあ寝なよとか小手先のことしか解決しようとしない。欲しいことは何?みたいな目先のことしか言わない話さない考えてくれない。30歳を節目と考えるのか、もう終わらせてもいいのではないか。それとも向き合ってくれる具体性を もし死ぬんだったら俺と離婚してからにしようもし死ぬんだったら俺のいない人生を生きてからにしなよとかそういう話しかしない。そういう話ではない。5年いてもこんなかんじならあと10年いたらまだましになるのかな 一度の爆発でこの1週間の楽しかったことがすべて台無しになるような気分なのに、健常者には一生わからないだろう いや、わかられてたまるかという気持ちもある。岡村さん、自分のことが大好きすぎるのかいつも話すと主語が俺になる、じゃあ俺は?俺だったら〜する俺だって〜俺は〜とか。いつも思う、この人は自分に置き換えて話はできるけど相手の立場になって考えることができない人なんだなと。辛さを話しても、泣いても、訴えても、わたしの夫はわたしの悩みを会社のタスクみたいに捌いてくる。じゃあこうすれば?とかじゃあこうしてみよっか?とか具体的な解決策を提示するその様はまるで仕事。ただ話を聞いて欲しいとか寄り添って欲しいとかわたしの立場になって一緒に悲しんで欲しいとか、そういうどうしようもない感情の話なのに岡村さんにはそれができない。だからきつい。自分のライフポイントがたしかに減り続けるのを感じる。幸せな人生を生きてきたやつとは価値観が合わない。でも不幸な人生を生きてきたやつとも一緒にいられない。自分に価値が見出せない。楽しいことが昨日まで続いていてもそれがすべて台無しになるほどの自分のどうしようもなさ。生きてるだけでえらいとコウペンちゃんは言うよねありがと。だけど結局誰の力も借りずに生きていこうとするのってめちゃくちゃ難しくてつらくてしんどい。別に心を開くつもりもない。だから死ぬという選択肢が手元にあることがいつも手元にあることが心が安心する。30歳、よく生きた。頑張った。あたしがあたしを守りぬく。もしやるなら仕事を全部片付けた後で。あたしが死ぬことで迷惑かけたいやつらには迷惑がかかるように。ことの重大さを思い知らせることができるように。それがボーダーの症状だってわかっていても別にいいだってボーダーだもん。あたしはボーダーになんてなりたくなかった。あたしをボーダーに仕上げた奴らとあたしがボーダーでいることを助長し大事にしなかったやつらが泣けばいいし泣かなくたって別にいい死人に口なしでもいい誰にもわかってもらえないなら永遠にわかられないところに自分を持っていく選択肢もある悲しめばいい もっとつらいことしてきたないてきた でも私がないても、いつのまにか誰も慰めなくなった。あたしが泣くのが普通になった 麻痺された。また泣いてるまた騒いでるまた狂ってるって思って一人ぼっちにした 疲れた死にたい

ピアス開けたい

30歳までに編集長に俺はなるってむか〜し目標にしててでもいざそういうふうな話になったときに即座にやりますッ‼︎って言える瞬発力体力、どこにおいてきたんだろうか。学生ン時に働きマンとか読んでさ、働く女かっけ〜〜〜〜編集者かっけ〜〜〜〜って夢を見た。編集者になりたい→売れる本を作りたい→100万部売りたい→30歳までに編集長になりたい、みたいな安易なループで夢を語り、いざ夢は22歳で叶ったのも束の間、転落、うつ病ニート、無職。その後なんとかフリーランスになり、どうせ金なんて稼げないと思ったら、若くてフットワークの軽い安い女ライターは引く手数多だった。みやもとさん、大丈夫だからきっと来年には仕事断るようになってるよって先輩が言ってくれてほんとにそうなった。

 

フリーで食ってけてる。かっこいいね、すごいね、ふりーって。そうクソほど聞いたが、別にかっこいいことなんて何にもない。うるさい。だまれ。ただ毎朝起きて同じ場所に通ったりできないだけだ。無駄に人の顔色を窺いまくって疲れて自滅するあたしみたいなチンカス人間は、組織の中じゃ生きられないだけだ。俺にはできないことの方が多いんだ。運営もできないし、プロジェクトのチームの一員にもなれない。誰かと話したりできない。誰かに確認取りに行くのも怖い。メールも怖い。たまにメール1本書くだけで半日使うこともある。仲間と仕事ができない。実際逃げたこともある最悪の形で。だから必ず終わりがありチームが解散する書籍の仕事が好きだし、パソコンと向き合って一生原稿書いてる仕事しかできないできるだけ誰ともしゃべってたくない。

 

今日ある媒体の編集長にならないか的な話があった。22歳のあたしに聞かせてあげたい。念願の編集長だよ?ありがたいね。名前が上がったこと。あたしのこと覚えてくれていたこと。こいつならできるんじゃって1秒でも思ってくれていたこと。うれしいね。うれしいことなのに、死にたい。できない。絶対できない。無理です。「できないかもしれないからとりあえずチャレンジしてみようよ」とかそういう次元の話じゃない。やりたいと思えなかった自分に萎えてしまった。即座にやりますッ‼︎って言える瞬発力体力、どこにおいてきたんだろうか。わたし社員にもなれません、媒体を運営するとかそう言うのも無理だし、1年間同じところと契約するのとかできません。こそこそ生きてたいんです。ああ死にたい。責任が怖かった。ああこれはチャンスを逃したのか?どう?後悔してる?別の世界線にいる健康なあたしならば受けていただろうなと思う。それがわかりすぎるからこそ、狭間でゆれる現実の自分が憎い。

 

自信のある選択なんてひとつもないんだがそれはそうとこんなに不安定になってるからいつもより選択に自信がないんだろう。先輩は言った。不安とやりたい気持ちが5対5だったら俺らやるかな、でも不安のほうの比率がでかいんだったらやめときな。まあわたしは不安のほうがでかいので断ったのは当たり前の決断なんですけどッでも例えばシャンチーのリム・シウとかはきっとマーベルに飛び込んだんだなぁ、とか見るものすべてが無尽蔵に多少つらくても飛び込んだ功績でそうなっている、ように見えてしまってまた見るもの全てがつらいんだが状態になっとる あんた、もっとやりたいことあるんだろ?じゃあいいじゃんって気持ちもある でもまだ選択に自信がないからまたしても優柔不断でうじうじしてる自分が憎い

言えなかったことを日記みたいに書く

今日エクストリームジョブという映画観たのだけど馬鹿馬鹿しくてよかった。警察官がチキン屋をやるよってお話。こういうハッピーな笑える映画を観ると、不要なエロやグロの過激描写、胸糞展開、脱げばスゴイと言われる女優、といった表面的なもん見て「映画ってすげー!」みたいに思ってた昔のサブカルクソ野郎だった僕がウソみたいですね

 

✳︎

 

病院の予約を1時間まちがえた、歯の被せ物が取れたし歯医者すぐ予約できないし、最近作った本の表紙に変なインク染みがついて納品されたりしちゃったけど、まあそれでも元気でおりまして、なんとなく入ったゲーセンで知らないポケモンのぬいぐるみ1500円くらいかけてとりましたしあわせ名前はヨクバリスと言います

 

f:id:kanauji-blog:20210829225157p:image

 

 

✳︎

 

カネコアヤノいいよな。浄化される

 

 

 

 

 

オリンピックやっと終わった

学校のクラスには、スポーツが好きで得意な人と、体動かすの苦手で教室にいたい人って様々いたはずなのに、どうしてオリンピックとなると急に「全国民がスポーツ好きでしょう?」のような前提で国が動くのかいつもわからない。

 

私は運動部だったが、今はスポーツもやらないし、スポーツで感動させられることもない。好きでも嫌いでもない。8歳のとき初めて連れてってもらったJリーグの試合では後ろの席のサポーターが「働けー! てめえら働けー!」と選手に向かって怒鳴ってて恐怖でしかなかったし、初めて日本代表の試合見に行ったときは貧血と熱中症で倒れていい思い出がない。強運かもしれない。

正直、スポーツよりも映画や本や漫画で感動させられた経験のほうが多い。本読んでボロボロ泣いたし、死にそうになった時に聞いた曲に人生救われたこともあるけど、それはスポーツではなかったんだよ。オリンピックはあたしみたいな人間を平気で置き去りにする。

夏休みの宿題のように、感動も、勇気も、押しつけられると嫌気がさす。なのに選手は「皆さんに感動を与えられるよう」とか「みなさんに勇気を与える演技ができれば」と真顔で言うし、メディアは「感動をありがとう」なんてださいキャッチコピーつけるものだからしばらくテレビを見られなかった。感動は与えるもんじゃなくて、勝手に心が動くものなのに。するかしないかは自分で決めるよ。

気持ち悪いプロパガンダのようにしか思えなくなっている。たぶん主語がでかいんだよな、「日本が」とか。人ひとりひとりにフォーカスしたほうが絶対おもしろいのにすぐ「日本の金メダルは◯個です!」とか「家族全員で取ったメダル」とか言うんだからグロいんだよね。どう?これなら感動するでしょ?見たくなるでしょ?って。沢尻エリカ主演のヘルタースケルターの映画のキャッチコピー、たしか「見たいものを見せてあげる」だったね。

「 見たいものを見せてあげる」なんて傲慢な発言をされたとしても、どうしても、絶対に見たいものなんてもう今ない。見たいものは選ぶ時代。

 

夫に1000円札3枚で顔を殴られた女はDV被害者?

化粧クリームのお金を夫に立て替えてもらってるのすっかり忘れてて、いくらだっけ?という流れで

夫「たぶん2600円くらいだったと思う」

私「えっ嘘でしょ1700円くらいでしょ(Qoo10で安く買った経験あり)」という会話をした結果、

実際2600円(Amazon価格)だったことが判明。

私「えーそんなしたか、ごめん。はい3000円」

と渡した3000円で顔を殴られた。ペラペラの千円札3枚で顔を叩かれるのって結構痛いし、こういうシチュって札束でもっと規模のでかい人がやるんだと思ってたよ

びっくりした。人って信じられない。理由は、

夫「俺がぼったくると思ったんだろう」「いつも君は確認をしないでモノを言うよね」「カナちゃんはいつも嘘をつく。罪を俺になすりつける」みたいなことを言って怒っていた。

たしかに確認せずに1700円くらい?と推測で言った私も悪いと思うが、殴ることなのだろうか。ってかそんなにこれって怒ることなのか?

できれば、話し合いで解決したかったけど手を出されたので身の危険を感じてベッドのほうに逃げ(寝室に逃げたのは間違いだった)一旦距離を取ろうと「今話したくないです」と言ったら、すごい力でベッドに押し倒された。すごいちから。すごいの。私はしばしば女でいたくないと思うことが多いのだけど、完全に男女の生物的格差を感じる腕力。完膚なきまで。私は押さえつけられて動けない。窓を開けて叫べばよかったのか?そのときのことはよく覚えていないが、ただこの場から逃げなきゃとだけ考えていた。なんだかんだあって夫の腕力の押さえつけから抜けることができてさっとカバンを取り、流れるように玄関の外に出た。走った。追いかけてくるかもしれない。マンションのエレベーターを待ってる時間はない。階段を使う。走った。とりあえず阿佐ヶ谷の方へ向かう。できればこういう「逃げなくちゃ」という感情を夫に対して感じたくなかった。

 

なんだかものすごく過度な期待を夫にしていたようだ。全身全霊でカナちゃんが好き。カナちゃんがたとえ人を殺したとしても俺は君が好き。何があっても。しきりにそう言われた。今も言われる。だから、例えば昔に付き合ったあの人とかあの人とかみたいに私を夫は裏切らないだろう。だって何をしたって私のことが好きなんだから、と極めて安易な思考にしか至らなかったんだと思う。でも実際は違う。人は簡単に人を傷つける。この人は、夫は、何があってもあたしのことを好きだというわりにはあたしを傷つけるし、ちゃんとあたしも傷を負う。普通の人間関係のように。

 

夫を今まで救世主のように思ってた。でも救世主なんてこの世に絶対いないし、救世主になれるとしたらそれは自分だけなんだなと思う。期待するのもすがるのも信頼するのももうやめたい。勝手に期待してそれに対して何も返ってこないとあたしみたいな寂しがりやはもうたぶん立って歩けない。「愛の力があれば〜」「人と人との関わりが成長して〜」「感動を与える〜」とかそう言う言葉がほんとに大っ嫌いなんだよ。夫とどうやって付き合っていけばいいのかわからない。

 

阿佐ヶ谷に向かって歩きながら、ママに連絡した。ママに話したりしたらやっと泣けて、怖いことも痛いこともする岡村さんってほんとサイテーだなって思えた。あたし口喧嘩ならいくらでも買うけどさ、暴力はやめようぜ、かっこわりーから。いくらイラつくからって殴って発散したりすんのはやっぱカッコ悪い。謝って済む済まないということではなく、普通にやっちゃいけないこと。どうすればいいかわからなくて義理の母にも連絡した。なんだかんだあったけど、この人が義理の母でよかったなって連絡が来た。

 

これからどうすればいいかわからない。だるい。一人になりたい。今は一人でいたいって気分が強いからとりあえずホテル探して新しいバケットハット買ってケンタッキーたくさんテイクアウトして涼しいベッドの上にいる。明日のことは考えたくない。

 

岡村さんはキレるとなんかやばい。もしこれがもう一度続くようであれば、残りのカウントダウンをしたい。毎回かっこわりーことする相手を許している時間はわたしにはない。また書く。書かないと壊れそう

いつか着てみたい服

ユニクロも無印も買うのをやめた。弱い人を弱いままに看過するブランドは嫌い。特に服には今興味はないけど、意味やストーリーを持って大切に選んだり着たりするのはかっこいいなって思う。あまりにもそれをしすぎるといけ好かなくなってダサいと思うけど。

30歳になる年だからか、2021年はいろいろと考えてしまう。「30歳になったらやりたいこと」という考え方と「30歳になる前にやりたいこと」という焦った考え方の双方からまあいろいろと考える。服もそう。ちゃんと選ぶ。ちゃんと選んで、らしくを表現する。表現するとかたいそうな言い方にあまり意味はなくて、別に誰かに見せるとか、どう思われたいとか、モテたいとか、ちゃんとした人に見られたいとか、もうそういうのは最近思わない考えなくなった。外見こそ、心地よく勝手にさせてほしい。その一点のみ。

この前ブリーチして青色に染めた髪は今色が抜けて金緑みたいになってきた。いいかんじだ。30歳になる前にもう一度ブリーチをしたかった。2021年の夏にはどうしてもショートパンツを履きたかった。買い物に行くと人酔いするのでZARAの通販でフェイクレザーのショートパンツを頼んで履いた。楽しかった。

願わくば、今年から年に何回かの高い買い物をしようと思う。ちゃんと選んでちゃんとお金を払いたい。

忘れちゃうからリンクをはるね

■アキラナカめっちゃかわいい。特にワンピースこういうのなら着たい

store.akiranaka.com

■次にほしいお財布。クロエとかシャネルとかそういうのじゃないのをえらびたい

altamira.co.jp